怖かった2011年

東日本大震災の被災地と言えば、福島県や岩手県を思い出しますが、茨城県も被災地で、ライフラインも止まり大きな被害がありました。 その後、自分は被害は受けなかったけれども、旦那が目撃したり、自分の会社の元同僚が巻き込まれてしまったりと、茨城に住んでいた時は色々な災害が起こりました。

色々考えさせられた2年おきの事件

地元にいた20数年間で大きな災害があったと言えば、平成3年の台風19号で、当時小さかった私は、自宅の屋根が飛んで行った事と、夜は停電して真っ暗な中ろうそくの灯りだった事を今でも覚えています。
その後、幸いにも地震にも台風の被害にも合う事なく、2010年10月茨城に単身引っ越し、そして東日本大震災で被災しました。
仕事中に初めは軽度の地震だろうとみんなで机の下に潜ると、いきなりドン!と突き上げられたような衝撃と激しい揺れが襲い、ガタン!と色々な物が倒れる音、それと同時に電気も消えました。
結構長い間揺れが収まって、机の下から顔を出すと今までとは違う景色でした。
台車はひっくりかえり、蛍光灯は落ちてきて、水道が近くにないのに作業場は水漏れをしていました。
帰宅時も、普段は15分もかからない所があの日は信号も消え、道路も裂けているところもあり、1時間以上かけての帰宅でした。
幸いな事に私の住む寮は、水も電気もガスも使えました。(それでも水道局が夜に一時的な断水を5日間行いました。)
しかし同じ市内でも、電気も水も出ない所が多く、当時の彼氏(現旦那)のアパートのガス以外使えなかったので、この日から同居をする事になりました。
実際、電気が普及したのは3週間以上してから、水道に至っては1か月以上も使えませんでした。
私の通勤していた会社も地震の影響で、水道管が破裂し、建物の一部が崩れるなどの半崩壊、1か月近く仕事を休む事になりました。
震災直後は慣れない土地で被災して、色々不安だらけでしたけど、電気や水道が使える事で、頑張れた気がします。

欲しかった物

被災した時、たまたま電気も水道も通っていたので助かりましたが、念の為に備えておくべき物ってあると感じました。 災害時に合ったら便利な物、安心する物をまとめてみました。 他にも、被災後に原発事故の影響で節電を呼びかけていた時、なんで?と疑問に思った話です。

備えておきたい物

東日本の震災以降、備蓄品は必要なのかもしれないと少しは防災意識が高まりました。 また、子供が生まれた事によって、子供に負担を少なくする為にも、備蓄品を少しずつ増やしていきました。 けれども備蓄品は場所を取ってしまうので、色々考えてしまいました。